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中学社会科 アクティブラーニング②

2016.07.09

7月5日(火)、中学3年生の社会で、アクティブラーニング型授業を行いました。本日のテーマは「憲法制定と国会開設」。話し合い後、いつも通りグループごとに発表し、互いの解答に感心し合っていました。

以下、いくつかあるディスカッションのテーマのうちの一つと、ある生徒の解答です。
Q 自由民権運動の主体はどのように変化したと考えられるか?
A 西南戦争の後、旧薩摩藩、長州藩出身者などによる政治への批判は言論によるものが中心となり、国民が政治に参加する権利の確立を目指す自由民権運動が広まった。また、1878年に地方制度が大きく改革され、府県に議会が作られると、議員を通して、自由民権運動に商工業者や地主なども参加するようになった。1880年に全国の代表者が大阪に集まり、国会期成同盟を結成したが、この時植木枝盛や中江兆民の主張が大きな影響を与え、大隈重信は憲法の即時制定と国会の早期開設という急進的な主張をした。さらに、伊藤博文は払い下げを中止し、民権派との結びつきの強い大隈を追い出し、10年後に国会を開くことを約束した。自由民権運動は、政党の結成へと進み、板垣を党首とする自由党や大隈を党首とする立憲改進党が結成された。