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上智大学 北條研究室「環境史フィールドワーク」第3回

2015.12.17

12月12日(土)、上智大学文学部の北條勝貴准教授と合同で行っている「環境史フィールドワーク」。この日は、12:00に御茶ノ水駅近くの聖橋をスタート地点として、上智の院生・学生が企画したフィールドワーク「神田にて、江戸と水の関わりを歩く」が行われました。

まず、聖橋から湯島聖堂へ至る道は、紅葉が美しい銀杏並木でしたが、なぜ、銀杏が街路樹として採用されているか? という問いを考えました(答えは文末①)。次に、平将門を祀る神田明神へ行きました。神社の裏手に回ると、旧万世橋の欄干を再利用した石碑があります。神社の周囲は急な斜面や崖が多く、本郷台地の上に位置していることを実感することができました。
つづいて、現在の万世橋へと移動。JR中央総武線の線路があるこの付近は、川沿いに柳を植えた土手が続いていたそうです。なぜ、柳の木を植えたのか? という問いの答えはいろいろな説があります(答えは文末②)。川岸には、荷揚場が多く作られ、大勢の人が働いていました。低湿地の環境は感染症の温床となり、医者が多く暮らしていた特徴があります。そんな貧民救済の施設が多くあったこの地域の運河は、都市災害用の船着き場として現在は整備されています。
フィールドワークが終わったのは16:30頃。その後、上智大学にてリフレクション(振り返り)を行い、院生・学生の皆さんと意見交換をしました。台地と低湿地とでは生活環境が大きく違い、そこに暮らす人々の間に貧富の差があることがわかりました。まさに「環境史フィールドワーク」の締めくくりとしてふさわしいテーマであったと思います。

【解答】①銀杏の葉は保水力が高く、火事のときの延焼を防ぐため植樹された。 ②水墨画など中国文化の影響。柳は根を深くはるので、土手を維持できる。神聖な木と考えられていた柳で江戸の鬼門にあたるこの地域を守るため。